大判例

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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)11313号 判決

原告 田中喜一郎 外四名

被告 田辺英昭 外一名

主文

1、被告らは各自原告喜一郎に対し金一、八六一、五八六円、原告ハルエに対し金一、八〇〇、〇〇〇円および右各金員に対する昭和三九年一月二二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2、原告喜一郎同ハルエのその余の請求およびその余の原告らの各請求をいずれも棄却する。

3、訴訟費用中、原告喜一郎、同ハルエと被告らとの間に生じた分は四分しその三を被告らの、その余を右原告両名の負担とし、その余の原告らと被告らとの間に生じた分は全部同原告らの負担とする。

4、この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら訴訟代理人は「1、被告らは各自原告喜一郎に対し金二、四一五、〇〇二円、同ハルエに対し金二、三五三、四一六円、同芳枝、同薫、同節子に対し各一〇万円、および右各金員に対する昭和三九年一月二二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。2、訴訟費用は被告らの負担とする」との判決および仮執行の宣言を求めた。

二、被告ら訴訟代理人はいずれも「1、原告らの請求を棄却する。2、訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告らの請求原因

一、(事故の発生とこれによる健司の死亡)

昭和三八年九月一〇日午後一時三〇分ころ、東京都立川市砂川町一八〇番地先五日市街道において、被告田辺は被告会社所有の普通乗用自動車品五わ〇〇四一号(以下被告車という)を運転中同所を歩行中の訴外田中健司に被告車を接蝕させて同人を転倒させ、頭蓋骨々折の傷害を負わせ、よつて同日午後一時三五分ころ死亡させるに至つた。

二、(被告らの責任)

(一)(イ)  被告会社は被告車を所有するものであるが、当時その目的とする自家用車有料貸渡業のため、被告田辺にこれを賃貸し、同被告がこれを運転していたものである。

(ロ)  被告会社はいわゆるドライブクラブとして、その所有の自動車を利用者に有料で貸付け、賃貸料をもつて収益している者であるから、まさに自動車の運行によつて利益を得る者であり、一方被告会社が借受者を選択し、運行について具体的指示を行い、運転不適当者に対する解除権を留保している等の事実を綜合すれば、被告会社は法律上はもとより事実上も貸与自動車の運行につき支配を及ぼしうる地位にあつたことは明白である。従つて被告会社は自己のため被告車を運行の用に供する者であつたというべきである。被告会社の援用する判例は本件に適切でなく、また自賠法第三条の背後にある報償責任、危険責任の原理にてらしてもドライブクラブに賠償責任を負わせるのが妥当である。

(ハ)  以上の次第で被告田辺および被告会社はともに本件事故につき被告車の運行供用者として、その損害賠償責任を負うものというべきである。

(二)(イ)  仮に被告田辺が当時被告車を自己のために運行の用に供していた者でないとしても、被告田辺は、当日被告会社から被告車を借受けた当初から、被告車の右側制動装置が故障していることを知りながらあえてこれを運転し、昭島市方面より南砂川方面に向け時速約四〇粁以上の速度で進行して事故現場にさしかゝり先行する単車を追越すべくこれに気をとられて前方注視を怠り進行方向左側の巾一米のアスフアルト舗装歩道を対向して歩いて来た健司に全く気づかず、直前にいたつて同人を発見し慌てて制動しようとしたが間に合わずかつ右側制動装置の故障と相俟つて同人に被告車を衝突させたものである。

(ロ)  また、被告会社は、自家用車有料貸渡業者として、制動装置の故障した自動車を貸与するときは、交通事故を惹起する危険があり、従って貸与するに当つては、故障のない車であることを確認してなすべきであるのに、これを怠り右側制動装置の故障した被告車を被告田辺に貸与し、よつて前記のように本件事故を惹起させたものである。

(三)  以上により、被告らはいずれも原告らに対し本件事故による損害を賠償しなければならない。

三、(損害)

(一)  健司の得べかりし利益の喪失

健司は昭和二八年二月二五日生で事故当時満一〇才六ケ月余の健康な男子であり本件事故で死亡しなければ少くとも五九・七〇年の余命があり、次の収入をあげえた。

(1)  一般労働者としての収入。満二〇才から四〇年間東京都所在の事業所で一般労働者として稼動し次の賃金収入がある筈であつた。(労働大臣官房労働統計調査部編「労働統計年報昭和三七年」中の全産業男子労働者の平均現金給与額参照)

二〇才から二四才までの総収入 一、〇〇七、五二〇円

二五才から二九才   〃   一、四〇一、六六〇円

三〇才から三四才   〃   一、八三〇、六〇〇円

三五才から三九才   〃   二、二一三、〇四〇円

四〇才から四九才   〃   五、一一〇、〇八〇円

五〇才から五九才   〃   四、九六三、八〇〇円

合計 一六、五二六、七〇〇円

(2)  農業による収入

健司の父である原告喜一郎は肩書地に居住し、昭和飛行機株式会社の塗装工として勤務し月給四〇、〇〇〇円を得る傍ら畑四反八畝を耕作し年収一一〇、〇〇〇円をあげており、これを得るに必要な経費二割を控除しても年間の純収益は八八、〇〇〇円を下らない。原告喜一郎は健司の他に息子はなく、原告芳枝、同薫、同節子の三人の娘だけである。従つて健司は将来原告喜一郎と同様兼業農家として父の農業を継ぐことになつていた。原告喜一郎は当時満四八才であつて、その平均余命は二三・一〇年であるからその間六〇才までの約一二年間はなお農業に従事できるから、健司はその後の二三才時にこれを継ぎ同年から六〇才まで三八年間にわたつて農業経営をも遂行し右の年間八八、〇〇〇円に上る農業による純収益をあげえたもので、この合計額は三、三四四、〇〇〇円である。

(3)  以上、(1) (2) を合計すると、一九、八七〇、七〇〇円となる。

これに対する公租公課も右合計額の一割五分を超えないから、その純手取額は少くとも一六、八九〇、〇九五円である。

しかるに同人が右収入をあげるに必要な生活費は右四〇年間で五、一六九、六〇〇円(前記「労働統計年報昭和三七年」中の家計調査結果によれば、昭和三七年の東京都における衣食住等の消費支出額は一人一ケ月平均一〇、七七〇円であるから、これにより健司の四〇年間の生活費合計額を求めると上記の金額となること計数上明らかである)であるから、前記金額からこれを差引して得られる一一、七二〇、四九五円について、ホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を控除すると三、九〇六、八三二円となる。従つて健司は本件事故により右金額の得べかりし利益の喪失による損害を被つたというべきである。

(二)  健司の慰藉料

健司は当時小学校五年在学中で、健康かつ真面目で成績も優良であつたのであり、人生も漸くその緒についた段階で本件事故によりその生命を絶たれるに至つたもので、その無念さは筆舌に尽くし難く、これを償うべき慰藉料は五〇万円を相当とする。

(三)  原告喜一郎は健司の父、同ハルエは同人の母であつてその相続人であり同人の取得した(一)、(二)の各債権を各自その二分の一宛即ち(一)について一、九五三、四一六円宛(二)について二五万円宛それぞれ相続した。

(四)  積極損害

原告喜一郎は、健司の診療費として二、〇〇〇円、葬祭関係費として七二、五八六円を支出し、同額の損害を受けた。

(五)  原告らの慰藉料

原告喜一郎、同ハルエは健司が一人息子であり、学業成績もよく健康明朗な子供であつたからその将来を非常に期待し愛情を注いでいたがそれ丈に本件事故による衝撃落胆は図り知れない。原告芳枝は中学生で健司の姉、原告薫、および同節子はそれぞれ当時九才および五才の妹であつて姉妹思いの健司の不慮の死亡に対し、非常な衝撃を受けている。しかるに原告らに対して、被告田辺は香典として一万円を提供した以外なんらの慰藉の措置を講じていないし、被告会社は資本金二五〇万円で九台の自動車を有し、数名の従業員を雇い相当な業績をあげていながら香典三、〇〇〇円を原告らに提供したのみで原告らの再三の話合い申入れにも言を左右にして応じようとせず、いずれも極めて不誠意な態度に終始している。

以上の点を斟酌するとき、原告喜一郎同ハルエに対する慰藉料額は各四〇万円、その余の原告らに対する慰藉料額は各一〇万円が相当である。(民法七一一条の列挙は制限的に解すべきでなく、被害者の父母等と匹敵する程に生活上近親の間柄にある親族についても同条を拡張適用すべきである。)

四、(一部弁済等)

(一)  原告喜一郎同ハルエは自動車損害賠償責任保険金五〇万円を受領し、これを両原告が相続した前項(一)の債権に各二分の一の二五万円宛充当した。

(二)  また原告喜一郎は香典として受領した被告田辺からの一〇、〇〇〇円および被告会社からの三、〇〇〇円をいずれも前項(四)に充当した。

五、よつて、被告ら各自に対し、原告喜一郎は第三項(三)ないし(五)の合計から第四項を控除した二、四一五、〇〇二円、同ハルエは第三項(三)(五)の合計から第四項を控除した二、三五三、四一六円、同芳枝、同薫、同節子はそれぞれ第三項(五)の一〇万円、および右各金員に対する、被告らに対する訴状送達の日の後である昭和三九年一月二二日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告田辺の答弁

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、(1)  同第二項(一)(イ)の事実は認める。

(2)  同(二)(イ)の事実中被告田辺が被告車を運転し昭島市方面から南砂川方面に向けて進行していたこと、健司が事故発生地点附近を歩行していたことは認めるが衝突は歩道上ではなく車道上である。また被告田辺に過失があつたことは否認する。

三、同第三項中、健司の生年月日、被告田辺が一万円を香典として交付したことは認めるが、何らの慰藉の方法をとらないとの点は否認する。損害額は争う。原告芳枝、同薫、同節子の各慰藉料請求は民法第七一一条がその請求権者を被害者の父母、配偶者、子に限定していることに照らし失当である。

四、同第四項の事実は認める。

第四、被告田辺の主張

一、被告田辺は、最高制限速度である四〇粁以下の速度で昭島市方面から南砂川方面に向け前方を注視して運転していたもので何ら過失はない。事故現場の道路は巾員八米でその両端各一米は歩道で中央部がコンクリートで舗装された車道であり、本件事故は被告車の進行方向左側の歩道を対向して歩行してきた健司が、被告車が接近した際、被告車の進行に対する注意を怠り、突然車道にとび出した過失により発生したものである。仮に右とび出しの原因が歩道に単車が接近したためになされた止むをえないものとすれば歩道歩行中の健司に単車を接近させた単車の運転手某の過失が本件事故の原因である。

また被告車に構造上の欠陥または機能上の障害はなかつた。かりに制動装置に故障があつたとしても、制動装置の作動前に被告車と健司との衝突があつたので、右故障は本件事故と因果関係はない。

二、健司は当時満一〇才六ケ月余であり満二〇才から収入を得るとしても、それまで九年六月にわたり原告喜一郎および同ハルエにおいて生活費教育費その他で少くとも月額一万円合計一一四万円の支出を要する筈であつたところ本件事故により右支出を免れた。

また健司は満六〇才になつてからも四年六月生存するのであり、その間の生活費として少くとも一日に一万円として計五四万円を要するところ、この支出をも免れたのである。

従つてこれらは得べかりし利益から控除されるべきである。

三、被告田辺は、本件事故の惹起につき、一時は発狂状態となる程の深い精神的打撃を受け、身体拘束中その親族や、弁護士渡辺武彦をして八回にわたり弔慰のため訪問させ、香典一万円を供した他、訪問の都度供物を持参させ、さらに五万円を見舞として持参させ、できる限りの慰藉の念を表わしたが原告から右見舞金の受領を拒絶されたものであること、および被害者健司に前記過失があつたことを損害額の算定に当つて斟酌すべきである。

第五、被告田辺の主張に対する原告らの答弁

被告田辺の一の主張中現場附近の道路状況がその主張のとおりであることは認めるがその余はすべて否認する。三の主張事実中香典の受領は認めるが健司に過失があつた点は否認する。

第六、被告会社の答弁

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、(1)  同第二項(一)(イ)の事実および(ロ)のうち被告会社がいわゆるドライブクラブであることは認めるがその余は争う、単なる自家用車の貸渡業者にすぎない被告会社は自己のために自動車を運行の用に供する者に該当せず(最判昭和三九年一二月四日参照)、従つて被告会社に責任はない。

(2)  同(二)(ロ)の事実は否認する。仮に被告車の制動装置に原告ら主張の故障があつたとしても、被告田辺が制動をかけたのは健司との衝突後若しくはその直前であつて、右故障と本件事故発生の間には相当因果関係はない。

三、同第三項中健司の生年月日、原告らの身分関係、被告会社の資本金、業態、香典として三、〇〇〇円を提供したことは認めるが、被告らが何ら慰藉の方法をとらないとの点は否認する。

主張の損害中診療費葬祭関係は不知、その余は争う。

原告芳枝、同薫、同節子の各慰藉料請求は民法第七一一条が請求権者を被害者の父母、配偶者及び子に限定していることに照らし失当である。

四、同第四項の事実は認める。

第七、被告会社の主張

一、仮に被告会社が被告車の運行供用者であるとしても、被告会社および被告車を運転していた被告田辺は被告車の運行について注意を怠つていない。

事故現場の道路は巾員八米そのうち両側約一米は簡易舗装、中央部六米はコンクリート舗装されている。被告車は昭島市方面から南砂川方面に向け進行していたが健司は右簡易舗装道路を被告車に進行方向と対向して歩行していたものであるが、その進路に被告車の先行する単車が走行してきたのでこれを避けるためコンクリート舗装部分に立入つたところ、時速約四〇粁の速度で進行してきた被告車の左側フエンダーに接触するに至つたものである。

従つて本件事故は右単車の運転手某と被害者健司の過失により発生したものである。

また被告車には構造上の欠陥および機能上の障害はなかつた。

よつて被告会社には責任がない。

二、仮に被告会社に責任があるとしても、被告会社としては前述のように香典三、〇〇〇円を持参し、見舞には七回程ゆき菓子折等も四回ほど持参し(この費用は五、一七〇円である)原告らと示談の協議をしようとしたが、まず被告田辺との話が決つてからにして欲しいということで日時を経過したもので、被告会社が以上のように誠意を示していることおよび本件事故発生について被害者の健司に前記過失があつたことを損害額の算定にあたつて斟酌すべきである。

第八、被告会社の主張に対する原告らの答弁

一、第一項のうち現場附近の道路状況、健司が被告車に対向する方向に歩いていたことは認めるが、その余の事実はいずれも否認する。

二、第二項中、香典三、〇〇〇円を受領したことは認めるが、その余は否認する。

第九、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因第一項の事実(事故の発生とこれによる健司の死亡)は当事者間に争いがない。

二、(被告らの責任)

(一)  請求原因第二項(一)(イ)の事実は当事者間に争いがない。

被告会社が自家用車の有料貸渡を業とするいわゆるドライブクラブを経営するものであることは当事者間に争がなく、被告会社代表者斉藤勢三の尋問の結果によつていずれも真正に成立したと認められる乙第一号証、同第五、六号証に証人長塚章彦の証言並びに前掲被告会社代表者尋問の結果によれば、被告会社は所有自動車についての利用申込を受けた場合、免許証により申込者が小型四輪自動車以上の運転免許取得者(建前としては免許取得後六ケ月経過した者)であることを確認し、さらに一時停止の励行、変速装置、方向指示器の操作その他交通法規全般について同乗審査をなし、その上で保証人一名若しくは保証金二万円を立てさせて申込者との間に自動車賃渡契約を締結し、その旨の契約書を発行して自動車の利用を許すものであること、利用者のその後の利用は既に発行を受けた右契約書に基いてなされるものであること、貸渡自動車を運転する者は原則として契約者に限られ、また利用者は借受けに際し届出た予定利用時間、予定走行区域の遵守および走行中生じた不測の事故については大小を問わず被告会社に連絡すべく義務づけられていること、料金は走行粁、使用時間、借受自動車の種類によつて定められ、別に燃料代、修理代、超過時間料金、超過粁料金は利用者負担とされていること。使用料金額は本件事故車と同種のセドリツク六二年式の場合使用時間二四時間制限走行粁三〇〇粁で六、〇〇〇円に上ること。使用時間は概ね短期で、料金表上は四八時間が限度とされていること。被告田辺は昭和三八年八月四日に被告会社との間に免許取得後二ケ月しか経過していないにもかかわらず職業運転手である兄が運転することを理由に特に前記約旨の自動車貸渡契約を締結して自動車を借り受け、本件事故の際は第二回目であつたが、前回が無事故であつたので未だ所定の利用資格には達していないものの、制限走行粁三〇〇粁、山道、坂道を走行しないことを条件に借り受けたものであること等の事実が認められる。ところで自賠法第三条にいわゆる運行供用者とは自動車の運行に対する支配と運行利益の帰属する者をいうと解すべきであるが、右認定の事実特に貸与時間が短かく、また貸与には種々の制約、条件が伴なうものであることを考えれば被告会社は利用者(本件では被告田辺)との間の前記約旨の自動車貸渡契約を通じて利用者の運転中も貸与自動車に対する運行支配を依然保有するものと認めるのが相当であり、また前掲認定事実によれば被告会社は利用者にその所有にかかる自動車を貸渡してその料金等を取得することを直接の目的とするものであり、しかもその料金額も相当高額(被告車の車種で一月に二〇日間の利用者を確保すれば月額一〇万円を上廻る利益をあげることが可能である)というべきであるから、運行利益の帰属することは明らかである。そして前示のように本件事故は被告田辺において被告会社から貸渡を受けた被告車を運転中惹起したものであることは当事者に争のないところであるから、結局被告会社は前記法条にいわゆる運行供用者として本件事故によつて生じた損害の賠償義務を免かれ得ないというべきである。上記の見解は、自動車は運行による危険を伴う物で、しかもドライブクラブはかかる危険物を短期間有償で他人に貸渡すことを直接の営業目的とするものであり、その上利用者は多く賠償資力を持たない無資力者であり、またドライブクラブ経営者は利用者の惹起する事故による賠償責任に対処するためには積立金を設けるとか任意保険に加入するとかの途を有するものであること(これらの経費のため利用料金が高額化し、利用者が減少して企業の存立が危ぶまれることになつても被害者保護の見地からやむを得ないものと考える)などを考えれば、一面において右法条の拠つて立つ危険責任、報償責任の法理の趣旨に適い、他面において国民の法感情に適合するものとしてその正当性を主張し得るところと考える。これに対し自賠法第三条にいわゆる運行供用者たるためには自動車の運行について直接の支配力を及ぼす関係に立つとともに、自動車の運行に関する注意義務を要求される立場にある者をいう(同条但書が運行供用者自身の運行に関する無過失を免責事由の一要件と定めていることを論拠とする)と解すべきであることを前提として、ドライブクラブ経営者が自動車を利用者に貸与する場合はかかる地位に立つものではないとしてこれを消極に解するものがあるが(東京高昭和三七年一二月二六日判決)、運行供用者に要求される運行支配は必ずしも直接的であることを要せず間接的な支配でも足りると解するのが相当であり、本件の場合被告会社のかかる運行支配が利用者である被告田辺の運転中も同人を通じて被告車に及んでいることは前認定のとおりであり、また右法条但書の運行供用者の注意義務とはドライブクラブ経営者に即していえば自動車の整備、点検、利用者に対する使用許可、指導等に関する注意義務をいうものと解すべく、かかる注意義務は危険物である自動車を貸与する者として当然負つているところというべく(本件では前記契約の趣旨からも明らかである)、いずれにしても本件の事実関係のもとでは到底容れることのできない見解というべきである。なお最高裁昭和三九年一二月四日判決(民集一八巻二〇四三頁)は、ドライブクラブ方式による自動車賃貸業者は運行供用者にあたらないとするが、右判例は当該自動車賃貸業者が借受人の運転使用について何らの支配力を及ぼしていないとする原審の認定を前提とするものであるから、本件には適切でない。

(二)  被告らの免責事由について判断する。

事故現場の道路は巾員八米でその両端各一米は歩道で中央部がコンクリートで舗装された車道であること、被告車は昭島市方面から、南砂川方面に向け進行していたものであることは、当事者間に争いがない。

いずれも成立に争いがない甲第一六号証、甲第一九号証、甲第二二、二三号証、証人山内敬人同宮崎宮子同木下スイの各証言、被告田辺英昭の本人尋問の結果(一部)を総合すると、右道路は東は南砂川方面、西は昭島市方面を結ぶ東西に走る道路で、事故現場は直線、平坦乾燥していること、事故発生地点の西方二五米付近から西方にかけゆるく左にカーブしているが見とおしは良好であること、道路は歩車道の区別はないが、道路の両端各一米は車道部分と舗装の状況が異つて歩道のような感じを与えること、道路北側は巾員一・二五米の砂川用水が西方から東方に流れ、転落防止のため路肩に高さ〇・三米、巾〇・三米のコンクリート製防壁が設けられていること、被告田辺は友人山内敬人の荷物を立川市砂川町一七三〇番地の浅井昇方から埼玉県志木町の山内方に運搬するため四谷の被告会社で被告車を借り受け右山内を助手席に乗せて出発し、同所から約一〇〇米走つた交差点でブレーキをかけた時に、被告車の制動装置が不良で急ブレーキをかけると、被告車が左に曲るということを発見したが、スピードを出さないで運転すれば良いと考えて運転を継続し、五日市街道に入つた地点で山内が交替して運転し前記浅井方まで赴き、その帰途再び被告田辺が運転して西方から東方に向け時速四〇粁ないし四五粁の速度(制限速度は時速四〇粁)で、道路の左側を左端から約一・五米の距離をおいて進行し、事故現場から五、六〇米手前のところで、道路左端から約一米おいて同方向に先行する単車を発見し、他に先行車もないので、同車の右側をすれすれに追い抜こうとしたところ、これと接触するような気がしたので追い抜きと同時に軽くブレーキをかけるとともにハンドルを右に切ろうとしたが、前記ブレーキの故障のため、却つてハンドルを左にとられそのまま被告車は左寄りに進行するにいたつたので狼狽しさらに制動を強めたため一層被告車の左寄り進行の度合は高まつたこと、折から健司は被告車に対面して右側を守つて(被告車の進行方向左側)歩いていたのであるが被告田辺は被告車の故障および前記単車の存在のみに気をとられていたため、衝突直前にいたるまで健司の存在に全く気づかず直前において始めて発見したもののこれをかわし得ずついに道路の進行方向左側端から一・二三米の地点において被告車の左前フエンダー部分を健司に接触させ、同人を左斜前方四米余の路上にはねとばしたことが認められる。

被告田辺英昭の本人尋問の結果中前記認定に反する部分は措信しない。

また成立に争いがない甲第一七号証に証人滝沢寛治の証言および前出田辺の供述を綜合すると事故後被告車について実施した路上走行検査の結果被告車の制動装置は低速においては異常に早く効き、速度が三〇粁から七〇粁までの間において急ブレーキをかけると、左方向に相当角度でわん曲して進行停止しその際左側前後輪二本のみのスリツプ痕がつくことが判明し、また被告車を分解検査したところ被告車の前後輪の制動装置にブレーキオイルの漏洩が認められたこと。そのため被告車は右側前後輪とも漏油のため制動不能で、ある程度以上の速度の場合に制動すると左前方にわん曲進行する状況であつたこと。右の故障により被告車を道路上で運転することは非常に危険であつたこと。この故障は通常の運転手なら運転中に容易に発見できるものであること。被告車の右の故障は被告田辺が被告車を借り受けた際既に生じていたものであること。しかし、同人はその旨を被告会社関係者から何ら告げられていなかつたことが認められる。

右認定に反する証人長塚章彦の証言および被告会社代表者斉藤勢三の尋問の結果は前掲各証拠に照らして措信できず、右長塚の証言によつて成立の認められる乙第二、第四号証によつても右認定を覆えすことはできない。以上の事実によれば、被告会社は自動車の貸渡業者として前記認定のような制動装置に故障のある被告車を利用者に貸すことは交通事故を惹起させる危険が多大であるから厳に避けるべき義務があるのにこれを怠つて、軽々に被告田辺に貸与した過失があり、また被告田辺も被告車に右故障を発見するや、直ちに運転を中止するとか故障を修理する等の措置をとるべきなのにこれを怠り、しかもこのような車を高速で走らせたり他車を追い抜いたりすることは特に危険であるのに制限速度をこえた速度で運転し、走行中先行単車の追い抜きをあえてし右単車との接触の危険と進路を自由に取り得ない車の故障に心を奪われて、全く前方への注視を怠つたもので、結局本件事故は被告会社および被告田辺の上記過失が両々相俟つて発生したものといわざるを得ない。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被告会社および被告田辺は被告車の運行供用者として(仮に運行供用者にあたらないとしても夫々前記過失がある以上民法第七〇九条により)、本件事故による原告らの後記損害を賠償しなければならない。

三、損害

(一)  健司の得べかりし利益の喪失

健司は本件事故による死亡の結果次の得べかりし利益を失つた。

健司が昭和二八年二月二五日生れの男児で事故当時満一〇才余であつたことは当事者間に争いがなく、原告喜一郎本人尋問の結果(第一、三回)によれば、健司は健康な男児で当時小学校五年生であり、学校の成績も中の上であつたことが認められ、厚生省大臣官房統計調査部刊行の第一〇回生命表によれば満一〇才の男子の平均余命は五七・八九年であるから、健司は本件事故に遭遇しなければなお右程度の期間生存するものと推認でき、その間、満二〇才から向う四〇年の間東京都内の事業所に就労して収入をあげることができたものと認められる。そしていずれも成立に争いがない甲第二〇号証の一、二(労働大臣官房労働統計調査部編「労働統計年報昭和三七年」中の全産業男子労働者の平均現金給与額表)によれば昭和三六年四月の東京都内における全産業男子労働者が毎月きまつて受取る平均現金給与額は二〇才から二四才まで一六、七九二円、二五才から二九才まで二三、三六一円、三〇才から三四才まで三〇、五一〇円、三五才から三九才まで三六、八八四円、四〇才から四九才まで四二、五八四円、五〇才から五九才まで四一、三六五円であることが認められるところ、賃金は調査時以来上昇しており、今後とも上昇する傾向にあることが通常で他に賞与が支給されることを考慮すると、健司は前記認定の稼動可能期間にその年令の推移に応じ毎月少くとも前記程度の給与を得られるものと認めるを相当とする。

原告らは、さらに原告喜一郎は兼業農家であり、従つて跡継に予定されていた健司には得べかりし農業収入を失つた損害があると主張するが原告喜一郎本人尋問の結果(第一、三回)によれば原告家の農業による収入は主として原告ハルエの労働によるもので原告喜一郎の労働による部分は少いこと、その年収はたかだか一一万円程度であり、また肩書地付近の土地の価格は三・三平方米あたり一万円に上ることが認められ、右事実に近時都市周辺の宅地化が進展している反面若年層で農業への従事を希望する者が次第に減少していることを考え合わせると、原告喜一郎の意思の如何にかかわらず、健司が成人のあかつきに原告喜一郎経営の農業を継ぎ前認定の産業労働者としての給与取得のほかにいくばくかの農業収入をあげるものと断ずることには躊躇せざるを得ない。従つて原告らの右主張は採用できない。

そして前記給与額により健司の二〇才から二四才までの総収入を求めると、一、〇〇七、五二〇円となり、同様二五才から二九才までの総収入は一、四〇一、六六〇円、三〇才から三四才までの総収入は一、八三〇、六〇〇円、三五才から三九才までの総収入は二、二一三、〇四〇円、四〇才から四九才までの総収入は五、一一〇、〇八〇円、五〇才から五九才までの総収入は四、九六三、八〇〇円となることは計数上明らかである。そこで事故当時の一時払額を求めるため、右各期の総収入額につきホフマン式計算方法により各期末時を基準としてそれぞれ民法所定年五分の割合による中間利息を控除しこれらを合算すると別紙計算表のように六、二一八、八八五円となる。

ところで右収入をあげるに要する生活費等の必要経費は就労当初に始まり概ね独身のころは収入に比しその生活費のしめる割合は大きく、結婚し世帯を構え、さらに子供を儲けるという推移に伴い、世帯主としての生活費の額は多額になるものの反面収入も上昇するので収入に対する割合は減少する傾向にあることは経験則上明らかである。

この事実に前示稼働開始時期その終期および稼動可能年数、収入額の推移ならびに原告らの自認する公租公課の割合等を考慮すると、健司の得べかりし利益の喪失による損害について蓋然性の高い数値を求めるためには収入より控除すべき生活費等の必要経費として全稼動可能期間を通じて、収入の五割とみるのが相当であると考える。

そこで右により収入よりその生活費等の必要経費を控除した純益額により健司の事故当時における得べかりし利益の現価を求めると、その額が六、二一八、八八五円の二分の一である三、一〇九、四四三円(円未満四捨五入)となることは明らかである。

なお被告田辺は(1) 健司の死亡の月から稼働開始時までの生活費、教育費等および(2) 稼働可能期間後の生活費等を控除して計算すべきであると主張するが、(1) の支出を免れたことによる利得は、健司本人に生ずるものではなく(2) の支出も前記収入を得るために必要な支出とはいえないからいずれも健司本人に生じた損害額の算定にあたり損益相殺として差引かれるべき利益にあたらず、従つて右主張は採用できない。(最高裁昭和三九年六月二四日集一八巻八七五頁参照)

(二)  過失相殺に対する判断

前認定のように被告車と健司との衝突地点は道路端から一・二三米であるから、健司はさらに路端へ寄つて歩行できた筈であり、被告車の接近に際し前もつてさらに道路端(少なくとも前認定の歩道状部分)に寄つて歩行していれば事故の発生を避け得たものと認められるから、同人の右の過失も本件事故の一因をなすものといわざるを得ない。

しかし同人の右の過失は被告らの過失と比較すると極めて軽微であるから、これを斟酌しても健司の得べかりし利益の喪失の損害中被告らの負担すべき額は二、八〇〇、〇〇〇円と定めるのを相当とする。

(三)  健司の慰藉料

前認定の本件事故の原因、態様、健司の過失、年令、学業成績、その他の事情を斟酌すると、健司の受けるべき慰藉料は五〇万円を相当と認める。

(四)  相続

原告喜一郎が健司の父、同ハルエはその母であることは当事者間に争なく、原告喜一郎本人尋問の結果(第一回)によれば健司の相続人は直系専属である原告喜一郎、同ハルエのみであることが認められるから、同人らは健司の取得した前記(二)、(三)の債権を各自その二分の一づつ即ち(二)について各一、四〇〇、〇〇〇円宛(三)について二五〇、〇〇〇円宛相続したというべきである。

(五)  積極損害

原告喜一郎本人尋問の結果(第一、二回)によつていずれも真正に成立したと認められる甲第五号証、甲第六ないし第九号証、甲第一〇号証の一ないし五(五はその一、二)、甲第一一号証、甲第一二号証の三、同号証の七、八、甲第一三号証、甲第一四号証の一ないし一三(一はその一ないし五、二はその一ないし三、三はその一、二)甲第一五号証および右本人尋問の結果によれば原告喜一郎は昭和三八年九月一〇日に健司の診療費として二、〇〇〇円を、また通夜、葬式等の葬礼関係費(香典返しは含まない)として同年一〇月末までの間に七二、五八六円をそれぞれ支出し、同額の損害を受けたことが認められる。右損害についてはその金額、および被告らの過失の重大性を考慮して、健司の前記過失を斟酌しない。

(六)  原告らの慰藉料

原告喜一郎本人尋問の結果(第一回)および弁論の全趣旨によると、事故当時原告喜一郎は四八才原告ハルエは四三才で原告喜一郎の母訴外セン(六九才)、健司の姉の原告芳枝(一三才)、妹の原告薫(八才)、妹の原告節子(五才)と健司の合計七人の家族が同居し幸福な生活を送つていたこと、原告喜一郎同ハルエにとつて健司は一人息子で成績もよく健康な子供であつてその将来を非常に期待し愛情をそそいで育んできただけに、本件事故によつて同人を喪い心から落胆し多大の衝撃を受けたことが認められる。

また香典として被告田辺が一万円、被告会社が三、〇〇〇円をそれぞれ原告らに供したことは当事者間に争いがなく、さらに原告喜一郎本人尋問の結果(第一、三回)および被告会社代表者尋問の結果によると、被告田辺および被告会社代表者らは通夜、葬儀に参列し、また被告田辺の一族のものがこもごも八回位原告らを訪ねて示談交渉を進めたが金額が折り合わず、被告田辺の代理人訴外渡辺弁護士が五万円を提供したが、原告らに受領を拒絶され、被告会社代表者らも弔慰のため七回ほど原告方を訪れ示談をしようとしたが、まとまらなかつたことが認められる。

その他いままでに認定した事故の態様、その他諸般の事情を勘案すると原告喜一郎、同ハルエの慰藉料として少くとも各四〇万円の支払を受けるのが相当であると認められる。

その余の原告らも健司の姉妹として、多大の精神的打撃を受けたことは原告喜一郎本人尋問の結果(第一回)によつて認められるが、健司の得べかりし利益の喪失に対する賠償および同人の慰藉料の支払がその相続人である原告喜一郎同ハルエに対しその固有の損害に対する賠償と同時になされることを考えると、これらの賠償によつて、その余の原告らの精神的打撃も慰藉されると解するのが相当で、それ以上に、本件の事実関係のもとで民法第七一一条を拡張解釈して特に右各原告らの固有の慰藉料請求権を肯定しなければならない合理性は認め得ない。

そうすると、その余の原告らの請求は失当といわねばならない。

四、(一) 請求原因第四項(一)の事実は当事者間に争いがない。そうすると原告喜一郎同ハルエの各相続した得べかりし利益の喪失による損害賠償債権の残額は各一、一五〇、〇〇〇円となる。

(二) 請求原因第四項(二)の事実も当事者間に争いがないから該受領額を前項(五)の損害賠償債権から控除するとその残額は六一、五八六円となる。

五、よつて、原告らの本訴請求は被告らに対して各自、原告喜一郎において第三項(四)のうちの慰藉料同項(六)第四項(一)(二)の合計金一、八六一、五八六円原告ハルエにおいて第三項(四)のうちの慰藉料同項(六)第四項(一)の合計金一、八〇〇、〇〇〇円および右各金員に対する、被告らに対する訴状送達の日の後であること記録上明らかな昭和三九年一月二二日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容しその余は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条第九二条第九三条、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木潔 楠本安雄 浅田潤一)

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